水戸地方裁判所 昭和41年(タ)14号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔要旨〕(四) そこで遡つて本件紛議の遠因となつた家計の実態を検討して見なければならない。
原告(妻)の作成に係る家計メモ(乙号証)には、昭和四一年一月ないし三月分の家計につき、被告の実収入を月額四万七、〇〇〇円とし、一万円宛の借金返済をした上で、一月には金二万一、八五〇円、二月には金一万九、三五〇円の各赤字を生じ、三月には借金返済をしないで金七、五二〇円の赤字を生ずる見込みである旨の記載があり、原告本人の第一回尋問の結果においても、新婚後の三カ月間に家計の赤字が累計五万円に達し、持参金で毎月補填していた旨の供述がなされている。
しかし<証拠>によれば、一月六日に被告から原告に家計費のため金三万六、〇〇〇円が渡され、これによつてその後の家計が賄われていたが、給与支給日前の同月一三日にはいまだ金七、八六〇円の繰越残金があつたこと、また<証拠>によれば、被告の収入は毎月の給与手取額約四万七、〇〇〇円のほかに、原稿料として一月一四日に金七、七八五円、二月一五日に金七、六四一円、同月二八日に金七、六八六円、勤務先共済会からの結婚祝金として三月四日に金一万円の各副収入があつたこと、さらに原告本人の第一回尋問の結果によれば、三月下旬には年末調整として約四万円の臨時収入(もつともこれは一たん原告に渡された後、被告の妹の結婚祝を支出するため被告の手に戻されはしたが)があつたこと、以上の各事実をそれぞれ認めることができるから、前記家計メモに記載されていないこれらの繰越金や諸収人を計算に加えれば、同号証記載の支出金額をそのまま認めるとしても、赤字額はそれだけ減る筈であるから、同号証記載の赤字額とこれと同旨の原告本人の前記供述部分はいずれも額面どおりに信用するわけにはいかない。
しかも家計メモの支出金額の内訳を見ると、一月分は臨時支出が金二万二、三二〇円、経常費が金三万六、五五〇円、二月分は臨時支出が金一万九、五〇〇円、経常費が金三万六、八五〇円として各計上されているが、ボーナスを別として被告の経常収入は毎月金五万四、〇〇〇円程度は確保されていたのであるし、新世帯の生活が定着化するにつれて、臨時支出分が漸減するであろうことを考慮すれば、夫婦の協力が不可欠の前提となることは当然であるが、支出面の計画化と節約によつて家計内容を改善し、赤字を解消する途を見出し得たのではないかとも考えられるから、原告が家計内容に対する格別の分析検討もなしに、わずか二、三カ月の家計管理の体験からたやすく不安感、危機感を持つに至つたことは首肯しかねるところといわねばならない。
被告本人に対する第一回尋問の結果によれば、げんに被告の同僚で同程度の収入を得ている約一〇〇人の殆どが家族を抱え、自己の収入のみで生活を維持していることが知られるが、これによつても原告の経済危機感が客観的根拠を欠いていたものと認めざるを得ない。
もつとも原告が独身時代職業婦人として過ごし経済的にも余裕のある生活を送つていたのに、被告との結婚により家庭人となり、しかも物質的にも恵まれない環境に置かれるようになつたところから、索漠たる気持となりやがてそれが絶望感にまで進んで行つたとしてもなんら異とするに足らず、原告がそのような心理状態になつたこと自体は批判の限りでない。
むしろ本件においてはそのような心理状態に発した原告の具体的行動とこれに対する被告の反応の仕方の当否が検討されなくてはならない。
(五) 先ず三月三〇日の上京までの段階で問題となり得る原告の側の行動としては、経済難の打開策として(1)被告の制止にもかかわらず、借金返済に予定されていた夏のボーナスの使途計画変更のため、被告の実家へ交渉に出向き、これを出産費用に回すことを取決めたこと、(2)実母に平素より経済上の不満を訴えていたが、ついに被告の意向を無視して同女の手を通じ津田英語会への再就職を内定し、被告の事後承諾を得ようとしたことの二つが挙げられよう。
(1)は被告やその両親の常識からすれば異常な行動と映るかもしれないが、早晩被告の努力によつて実現すべきことを原告が積極的に先廻りし、被告に代つてしたに過ぎないと解することもできるから、あながちこれを不当視することはできない。
しかし(2)については、原告が研究者の妻として家庭人となつた以上、東海村での被告との同居生活を犠牲にしないことを前提として、家計の赤字を克服する方法を極力探索すべきであつたにもかかわらず、その充分な努力を尽くさないで独走し、一方的に東京での再就職を取り決めたことは軽挙のそしりを免れない。母体の健康管理の面から見ても、毎週一泊二日の仕事のために東京と東海村とを往復することはかなりの肉体的負担となる筈であり、それだけマイナス効果の生ずることは避けられない。そこで被告が原告のこのような行動に対して疑問を持ち、その真意をただし、話し合いをしようとしたことは無理からぬところであつたといえよう。
次に四月に入つてからは、(1)原告が同月二日から被告との別居を続けるようになつたこと、(2)同月五日に原告が乙第二号の各証の手紙<編注―その骨子は(イ)被告が離婚を欲するならば中絶による母体の安全度との関係上、早急に胎児の処置を考えてほしい。(ロ)経済建て直し策として、原告は被告と別居して実家で自活し、浮いた生活費を借金の返済に廻す、被告の両親も間貸しするなどして協力してもらいたい。(ハ)原告としては性格上の欠点を自覚してこれを直そうと心がけている、それでも被告が原告の性格を否定するなら致し方がない。>を書き送り、経済建て直し策として、夫婦別居による共稼ぎの方法を提案し、被告の両親にも協力を求めたことを取り上げなければならない。
(1)については、被告の側から原告との同居を拒否するような積極的行動がとられた形跡がなく、むしろ原告が自発的に別居の途を選んだものと認めるほかないが、そうだとすれば原告の真意がいずこにあつたかについて理解に苦しまざるを得ない。
(2)は、夫婦の同居協力のすがたが婚姻関係の根幹であることを忘れて、原告が経済至上主義に走つたものと非難されても致し方がなく、これに対し被告が原告の右提案になんらの反省が見られず、しかも被告の両親の生活にまで介入しているとして憤激し、折返し妊娠中絶の同意書を送る挙に出たことはその時点においてはやむを得ない態度であつたというべきである。
同月一三日についに中絶手術を見たことによつて夫婦関係は破局化の方向へ大きく踏み込む結果となつたわけであるが、それでも当時は夫婦間の軋轢がいまだ外部に知られるに至つていなかつただけに和合への希望が全く失われたわけではなかつたのに、五月に入つてから原告が同月七日被告の妹の結婚披露宴の席上に「ゴケツコンオメデトウ、オシアワセニネ、ツイホウサレタナゲキノ、アニヨメ」との電報を送り、さらに同月一二日頃には、三月二八日から三一日までの夫婦間の応酬や生活の経過を日記風に叙した手記(甲第一〇号証の一ないし四)を仲人の○○教授のほか見合前の紹介者であつた○○○○、○○○○宛にもそれぞれ配布する行動に走つたことは、夫婦間の紛争を公然化し取返しのつかない破局状態に導いたというべきであつて、教養を具えた原告の人格からは想像できないような、愚かしい、無謀な振舞いであつたと評せざるを得ない。
(六) かくて四月二日に原被告が別居状態に入つて以来、事態は悪化の一途を辿り、五月半ば頃には既に夫婦間の破局は決定的となつたものと見られるが、以上検討して来たところからすると、別居については原告が東京での再就職の途を選ぼうとして、自ら選んで被告との同居生活を棄てたものと認めるのが相当であるから、被告に対して同居協力義務違背の責任を問うことはできないというべきであるし、夫婦間の紛争を公然化し破局を決定的ならしめた点においても原告の側に大きな責任が認められなければならないから、かかる有責配偶者の別居期間中の生活扶助請求権は否定されても止むを得ない。
したがつて被告が原告をして○○市の実家において生活庇護を受けさせたまま、その生活を顧みなかつたからと言つて、被告の所為をもつて離婚原因として悪意の遺棄に該るものと認めることはできない。
(七) そうすると悪意の遺棄を原因として被告に対し裁判上の離婚と慰藉料の支払を求める原告の請求は被告の側の悪意の遺棄の事実を認めることができない以上理由がないというべきであるから、これを棄却することとする。(土屋連秀)